【ノルマントン号事件の覚え方】年号(1886年)の語呂合わせを紹介!【おすすめ5選】

 

江戸幕府がその末期にヨーロッパ諸国と締結した条約は、皆さんもご存じのように、不平等条約でした。

 

明治政府の大きな課題の1つは、不平等条約を改正して諸外国と対等の条約を結ぶことでした。

 

この課題には多くの人が取り組みましたが、そのうちの1人、井上馨が条約改正交渉を進めていたときに起きた事件がノルマントン号事件です。

 

これは、不平等条約がどのような結果をもたらすかを一般国民にはっきり示し、条約改正に向けた国民の意識を高揚させることになった点で重要です。

 

今回はそんな事件の概要と年号をしっかり学習しておきましょう。

 

ノルマントン号事件とは?

「ノルマントン号事件」の画像検索結果

(メンザレ号の救助 出典:Wikipedia)

 

 

ノルマントン号事件とは、1886年、横浜から神戸に向かっていたイギリスの貨物船ノルマントン号が、暴風雨のため三重県から和歌山県にかけての沖合で遭難。イギリス人とドイツ人の船員は救命ボートで救助されたにもかかわらず、25名いたといわれる日本人乗客全員が溺死した事件のことです。

 

当時の条約が不平等条約だといわれるのは、自国が輸入する物品に課する関税の税率を決められないこと(関税自主権の喪失)、外国人に対して自国の裁判権がないこと(領事裁判権の承認、治外法権)などでした。

 

ノルマントン号事件に関する裁判権は、領事裁判権に基づいてイギリス領事にあり、裁判は神戸のイギリス領事館内でおこなわれました。

 

この裁判で、ノルマントン号船長が「船員たちは日本人乗客に脱出を勧めたが、彼らは英語を理解できず動こうとしなかったので、やむを得ず自分たちだけボートに乗り移った」という陳述を採用して、船長はじめ乗組員全員を無罪としました。

 

この判決が報道されると、世論は、船長らの人種差別的な意識に基づく非人道的な行為を認めた判決であるとして強く批難しました。

 

鹿鳴館に象徴される欧化政策によって条約改正を企図していた井上馨も、こうした国民の批判を無視できず、兵庫県知事に命じて、ノルマントン号船長を殺人罪で横浜駐在イギリス領事館裁判所に告訴させました。

 

 

(井上馨 出典:Wikipedia

 

 

同裁判所は、ノルマントン号船長に禁固3ヶ月の判決をくだしましたが、日本人遺族への賠償金は支払われませんでした。

 

損害賠償請求の裁判については、日英関係の悪化を深刻化させまいとする政府の配慮や、新聞の論調の沈静化が背景にありました。

 

の事件の8年後、1894年に領事裁判権は撤廃されますが、関税自主権の回復は25年後の1911年まで待たなければなりません。

 

【ノルマントン号事件の覚え方】年号(1886年)の語呂合わせ

ノルマントン号事件の語呂合わせ①

不平等条約「嫌(18)やろ(86)」ノルマントン号事件

 

昔から言われてきた定番の語呂合わせの1つですが、不平等条約の帰結が現実にどのように現れたかを明確に見せたことに関わらせて、関西弁風に「い(1)や(8)や(8)ろ(6)」と覚えましょう。

 

ノルマントン号事件の語呂合わせ②

人は(18)刃向(86)かう、ノルマントン号事件

 

これも①と同様、昔から言われてきた定番の語呂合わせの1つですが、ノルマントン号事件に憤った当時の世論に関わらせて「ひと(1)は(8)は(8)むかう(6)」と覚えましょう。

 

ノルマントン号事件の語呂合わせ③

言わば(188)ろく(6)でもないノルマントン号事件

 

外国人を自国で裁けないだけでなく、ヨーロッパ人の人種的偏見を考えた当時の日本国民の気持ちを想像して「い(1)わ(8)ば(8)ろく(6)」でもない、と覚えましょう。

 

ノルマントン号事件の語呂合わせ④

嫌(18)でも病む(86)、ノルマントン号事件

 

死亡した日本人乗客の遺族の気持ちと、その人たちに同情した世論を想像して「い(1)やでも(8)や(8)む(6)」と覚えましょう。

 

ノルマントン号事件の語呂合わせ⑤

威張る(18)野郎(86)のノルマントン号事件

 

ノルマントン号事件に関わったヨーロッパ人たち全員が、人種的偏見の持ち主だとはいえないでしょうが、結果として当時の日本人にそう思われたことに関わらせて「い(1)ばる(8)や(8)ろう(6)」と覚えましょう。

 

 

以上、ノルマントン号事件の語呂合わせでした!

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