中国大陸に後の清国となる後金国が誕生した1616年、日本では徳川家康が75年の生涯を閉じました。

 

そして清国が滅亡して中華民国が生まれた1912年、日本でも明治時代が終わりを告げ大正という新しい時代が始まろうとしていました。

 

今回は日本と同じ頃に時代の節目を迎えてきた「清朝の歴代皇帝の覚え方(語呂合わせ)」についてご紹介します。

 

清朝皇帝とは?

(初代皇帝・ヌルハチ 出典:Wikipedia)

 

 

清朝皇帝とは、1616年に後金として建国し1912年に滅んだ愛新覚羅氏12代の歴代皇帝のことです。

 

後に清となる後金国は1616年に女真族のヌルハチが明から独立して満州に建てた国です。

 

この時にヌルハチは漢字で自らの姓名・愛新覚羅(あいしんかくら・あいしんぎょろ)を作りました。

 

以来、清朝の王室は愛新覚羅を姓名として名乗ることになります。

 

その後ヌルハチの子であるホンタイジが1636年に国号を「清」と改称、以来清国として滅亡する1912年まで続きました。

 

◆清朝の歴代12代皇帝

それでは歴代皇帝12代を見ていきましょう。(名前の後ろ()内は在位年)

 

第1代皇帝・ヌルハチ(1616~1626)

女真(満州人)出身、後金国を建国、満州文字を創始

第2代皇帝・ホンタイジ(1626~1643)

ホンタイジとは皇太子の意味で本名は不明、1636年国号を「清」に改称

第3代皇帝・順治帝じゅんちてい(1643~1661)

1644年明の滅亡により都を「北京」に遷都

第4代皇帝・康煕帝こうきてい(1661~1722)

中国史上一の名君として名高く中国統一を完成させる、1689年ロシアとの間に初の対等条約である「ネルチンスク条約」を結ぶ

第5代皇帝・雍正帝ようせいてい(1722~1735)

君主独裁制の強化に努め軍機処の創設やキリスト教禁止などを実施

第6代皇帝・乾隆帝けんりゅうてい(1735~1795)

康煕・雍正・乾隆帝までが清朝最盛期とされる、60年間もの治世を誇る、晩年には財政破綻と寵臣の登用などから清朝衰退を招いた

第7代皇帝・嘉慶帝かけいてい(1796~1820)

1796年白蓮教徒の乱や1813年天理教徒の乱などが起こり清朝の安定期が終わる

第8代皇帝・道光帝どうこうてい(1821~1850)

1840年のアヘン戦争の敗北と1842年の南京条約により列強諸国に開国を強いられる

第9代皇帝・咸豊帝かんぽうてい(1850~1861)

1851年の太平天国の乱に続いて1856年の英仏による中国侵略戦争であるアロー戦争の対処に苦しんで終わった治世だった 英仏連合軍による北京侵攻時に逃亡し病没

第10代皇帝・同治帝どうちてい(1861~1875)

内政・外交共に落ち着いたので「同治中興」とも呼ばれるが実質的な政治は母親の西太后が行っていた

第11代皇帝・光緒帝こうしょてい(1874~1908)

わずか4歳で即位、即位後から西太后が摂政として実権を握る 1894年日清戦争で日本に敗れる 変法運動を支持したが1898年戊戌の政変に敗れて西太后により幽閉される

第12代皇帝・宣統帝溥儀せんとうていふぎ(1908~1912)

清朝最後の皇帝にして日本の傀儡国家・満州国皇帝(1934~1945)となる 映画「ラストエンペラー」は宣統帝溥儀の生涯を描いた名作

 

【清朝皇帝の覚え方】簡単!おすすめ語呂合わせ

清朝皇帝の語呂合わせ・1~6代皇帝①

ぬるい本を貸せというのが順子の要件

 

→ぬるい本(ヌルハチ・ホンタイジ)を貸せというのが順子(順治・康煕)の要件(雍正・乾隆)

 

ぬるい本って面白くない本ということかな?

 

清朝皇帝の語呂合わせ・1~6代皇帝②

塗る本は時効無いから要乾かしてね。

 

→塗る本(ヌルハチ・ホンタイジ)は時効(順治・康煕)無いから要(雍正)乾かして(乾隆)ね。

 

水彩絵の具で塗り絵をした時は急がないからよく乾かしてから閉じようね。

 

清朝皇帝の語呂合わせ・7~12代皇帝③

家計の動向に関して同校は関与していません

 

→家計(嘉慶)の動向(道光)に関して(咸豊)同校(同治・光緒)は関与していません(宣統帝溥儀)

 

教育費は家計にかなり影響していますが・・・。

 

清朝皇帝の語呂合わせ・7~12代皇帝④

火刑に同感するが同行はしません

 

→火刑(嘉慶)に同感(道光・咸豊)するが同行(同治・光緒)はしません(宣統帝溥儀)

 

日本では江戸時代に放火の罪を犯すと火刑に処されました。しかも刑罰の執行は民衆の面前で行われたのです。怖すぎます。

 

 

以上、清朝皇帝の語呂合わせでした!

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