【大和猿楽四座の覚え方】超簡単!おすすめ語呂合わせを紹介【3選】

 

3代将軍・足利義満のもとで栄えた北山文化は武家文化と公家文化の融合が大きな特徴とされていますよね。

 

その北山文化を代表するのが金閣寺と水墨画と能の3つです。

 

今回は北山文化の時代に完成され現代まで続いている能の集団「大和猿楽四座の概要・覚え方(語呂合わせ)」を紹介します。

 

大和猿楽四座とは?

(興福寺 出典:Wikipedia

 

 

「大和猿楽四座(やまとさるがくしざ・よざ、とも呼ぶ)」とは、興福寺や春日社(現・春日大社)に奉仕した猿楽の4つの座のことです。

(*座とは集団・同業組合の意味)

 

◆猿楽とは?

 

猿楽のもととされているのは奈良時代に唐から伝来した「散楽」です。

 

散楽とはものまね・曲芸・幻術・奇術などの多種多様な芸事のことですがその中でも歌曲や当時の風俗を滑稽にものまねして見せることなどに特化したものが「猿楽」です。

 

一方では「田楽」という田植えの際に演じられたお囃子などの田植神事が発展した芸能も人気がありました。

 

そしてこの2つ猿楽と田楽が結びついて生まれたのが「能(能楽)」です。

 

◆大和猿楽四座

それでは四座を見ていきましょう。

 

①「観世座(かんぜざ)」

大和国結崎が本拠地だったので当初は結崎座といった。観阿弥・世阿弥親子が属した時に改称。この座の能を観世能、座頭を観世太夫と呼ぶ。世阿弥は「風姿花伝(花伝書)」「花鏡」の著者であり多くの「謡曲」を作ったことでも知られている。

②「宝生座(ほうしょうざ)」

大和国外山が本拠地だったので当初は外山座(とびざ)といった。世阿弥の弟である蓮阿弥が祖。

③「金春座(こんぱるざ)」

奈良の円満寺に由来して円満井座(えんまんいざ)といった。四座の中では最も古い座とされる。世阿弥の娘婿・金春禅竹(こんぱるぜんちく)の時に改称。

④「金剛座(こんごうざ)」

法隆寺坂戸にあったので坂戸座といった。

 

【大和猿楽四座の覚え方】超簡単!おすすめ語呂合わせ

大和猿楽四座の語呂合わせ①

漢方薬はコンコン出る咳に効く

 

→漢方(観世座・宝生座)薬はコン(金春座)コン(金剛座)出る咳に効く

 

猿楽の説明には必ずものまねと出てきますが当時のものまねってどんなものだったのでしょうね?気になる。

 

大和猿楽四座の語呂合わせ②

今後のコンパには完全武装で行こう

 

→今後(金剛座)のコンパ(金春座)には完全(観世座)武装(宝生座)で行こう

 

コンパは戦いの場ですから・・・。

 

大和猿楽四座の語呂合わせ③

幸福のため合法的にがんばる

 

→幸福(興福寺)のため合法(金剛座・宝生座)的にがんばる(観世座・金春座)

 

法を犯しては幸福にはなれません。

 

 

以上、大和猿楽四座の語呂合わせでした!

 

 

おまけ

 

◆大和猿楽四座のその後

 

観世座の観阿弥・世阿弥親子により猿楽は芸術性の高い能(猿楽能)として完成されました。

 

その後も能は時の将軍や武将たちに愛好されますます発展していきます。

 

豊臣秀吉は大和猿楽四座に対して扶持米を与えるなどして保護しました。

 

中でも師事した金春座には領地も与えて直接保護もしました。

 

江戸時代になると能は幕府の「式楽」として定着。この頃の猿楽座の身分は武士となり生活が保障される代わりに上演演目などに政治的な影響を受けるようにもなりました。

 

そして能は日本を代表する伝統芸能として今も親しまれています。

 

現在の能楽協会は大和猿楽四座がそのまま母体となっているといいますから歴史のつながりにあらためて驚きますね。

 

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