【戦国大名と城下町の覚え方】超簡単!おすすめ語呂合わせを紹介【全4選】

 

戦国時代に日本各地で覇権を競い合っていたのが多くの戦国大名たちです。

 

戦国大名は性格も立ち位置もそれぞれがとても個性的なので戦国大名たちを主人公にした小説や映画、ゲームはいつの時代でも人気がありますよね。

 

今回は群雄割拠の戦国時代から生まれた「戦国大名と城下町の覚え方(語呂合わせ)」についてご紹介します。

 

戦国大名について

 

戦国大名とは、1467年の応仁の乱から1568年に織田信長が入京するまでのおよそ100年間の戦国時代に幕府の支配を受けずに領国を支配した大名のことです。

 

幕府が任命した守護大名とは異なり守護代や国人から下克上で大名となった者も多くいました。

 

まさに戦国大名の名の通りに実力でその地位をつかんだ後は領土を拡大するための抗争に明け暮れていたのです。

 

◆戦国大名と城下町

ところで戦国大名と呼ばれた武将は歴史上で何人くらいいたのでしょう?

 

戦国大名の定義にもよりますが戦国時代の100年間で資料に名前が出ている人数だけでも1000人近いのではないかといわれています。

 

今回は数多くの戦国大名の中から戦国時代に終止符を打った織田信長とほぼ同時代に勢力を誇っていた代表的な戦国大名家を紹介します。

 

(*人名の後の()内は主な領地名 城:城下町)

 

1、北条氏(駿河) 城:小田原

鎌倉幕府執権北条氏にあやかって北条を名乗る 小田原城を奪った北条早雲が戦国大名の始まりという説もある 3代め北条氏康の時代に全盛期

2、武田氏(甲斐) 城:府中

武田信玄は「甲州御法度之次第」で家臣団を統制するとともにすぐれた政治家として領地の運営にも力を入れた 織田信長が唯一恐れた武将としても有名

3、今川氏(駿河) 城:駿府

今川義元は駿河・遠江・三河を領国として東海の雄と呼ばれたが1590年の桶狭間の戦いで織田信長に敗れ討死

4、上杉氏(越後) 城:春日山

上杉謙信は武田氏との5回にわたる川中島の戦いが有名 また関東菅領として関東に進み北条氏とも争った

5、朝倉氏(越前) 城:一乗谷

「朝倉孝景条々」により家臣を一乗谷に集住させたことで有名 近江の浅井氏と同盟を結んで織田信長に抵抗したが姉川の戦いで敗れ滅亡

6、大内氏(周防) 城:山口

日明・日朝貿易で富を築き山口を西の京と呼ばれるほど発展させる

7、大友氏(豊後) 城:府内

大友義鎮はキリシタン大名として有名 府内は南蛮貿易や布教の拠点として発展した。1551年フランシスコ・ザビエルに布教を許可した

8、島津氏(薩摩) 城:鹿児島

鎌倉時代から続く九州の大名である島津氏は戦国時代の15代島津義久の時に九州のほぼ全域を領土にするが1587年の九州征伐により豊臣秀吉に降伏し配下となる

 

【戦国大名と城下町の覚え方】簡単!おすすめ語呂合わせ

戦国大名と城下町の語呂合わせ・戦国大名1~4①

ほう~、そうだわ。武田中の今川くんはすぐプンプンするけど上杉くんは春のように穏やかだ

 

→ほう~、そうだわ(北条・小田原)武田中(武田・府中)の今川(今川)くんはすぐプンプン(駿府)するけど上杉(上杉)くんは春(春日山)のように穏やかだ

 

武田中学の二人、短気くんとおっとりくん。

 

戦国大名と城下町の語呂合わせ・戦国大名1~4②

ほう、勝負するのか?不忠なことを今寸分違わずすると上がすぐに「えっカスが」っていうよ。

 

→ほう(北条)勝負(小田原・武田)するのか?不忠(府中)なことを今(今川)寸分(駿府)違わずすると上がすぐに(上杉)「えっカスが(春日山)」っていうよ。

 

なんの勝負をするの?それにしても上の人がやけに怖そう。

 

戦国大名と城下町の語呂合わせ・戦国大名5~8③

朝食う前にいっちょう大山登り、おぉ友よ不甲斐ない体がしまってカッコイイ

 

→朝食う(朝倉)前にいっちょう(一乗谷)大山(大内・山口)登り、おぉ友よ(大友)不甲斐ない(府内)体がしまって(島津)カッコイイ(鹿児島)

 

確かにものすごく疲れて痩せられそうです。

 

戦国大名と城下町の語呂合わせ・戦国大名5~8④

朝から一錠、おやまぁ友のふーちゃん、縞シャツがカッコイイね

 

→朝から(朝倉)一錠(一乗谷)、おやまぁ(大内・山口)友(大友)のふーちゃん(府内)縞シャツ(島津)がカッコイイ(鹿児島)ね

 

サプリを飲んでいるのかな?オシャレに気を遣うふーちゃんです。

 

 

以上、戦国大名と城下町の語呂合わせでした!

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