
飛鳥時代の大化の改新によって天皇を中心とする律令国家成立を目指し、公地公民が整えられました。
その後、農民に分け与える土地が足りなくなったことから723年「三世一身の法」が制定されます。
しかし、この施策がうまくいかなかったことから20年後「墾田永年私財法」が制定されます。
この法律は律令制度を大きく覆してしまうものとなり、時代の節目となります。
今回はそんな墾田永年私財法の概要と年号の覚え方(語呂合わせ)をご紹介します。
目次
墾田永年私財法とは?
中大兄皇子と中臣鎌足によってなされた大化の改新では、公地公民制が謳われました。
唐に習い、農民と土地を天皇の所有物とすることで律令国家とし、安定した税収を得るための施策です。
そうすることで、財政が潤うのと同時に地方の豪族から統率力を奪う働きをしていました。
しかし人口が増加により、農民に分け与えていた区分田が足りなくなり、723年「三世一身の法」を発布します。
これは農民自らが開墾した土地は三世に限り農民の土地としていいというもので、一時的に農民に利を与え、区分田の不足を解消するためのものでした。
しかし当時の開墾作業は何年もかかる重労働であり、三世までという期間は当時長いものではなかったため、農民の意欲増進にはつながりませんでした。
そして20年後の743年「墾田永年私財法」が制定されます。
これは三世までという期間を取り払ったもので、農民自ら開墾した土地は期限なく、自分の所有物として良いというものでした。
苦肉の策で出した法案でしたが、律令国家では農民と土地は国家の所有物であるというのが大前提にあるため、これを機に律令制は崩れ始めることになります。
のちに「荘園」と呼ばれる私有地を持ち、力を蓄えるものが現れ、先の時代では武士と呼ばれるものにつながっていきます。
【墾田永年私財法の語呂合わせ】年号(743年)の覚え方
墾田永年私財法の語呂合わせ①
制限なしさ(743)。墾田永年私財法
三世一身の法に対し制限がないという点をおさえましょう。
墾田永年私財法の語呂合わせ②
悲しみ(743)の墾田永年私財法
カナシミ(743)の墾田永年私財法。結果国家にとっては悲しい結末となり、この後この法律を撤廃することになります。
墾田永年私財法の語呂合わせ③
な(7)ぜ試算(43)せず、墾田永年私財法
律令制が崩れることも現代人からすれば事前にわかるように思えますよね、、、
墾田永年私財法の語呂合わせ④
皆(7)、資産(43)潤う墾田永年私財法
農民からすれば重い税から逃れ、自分の土地(資産)を持てるのは夢のようだったでしょう。
墾田永年私財法の語呂合わせ⑤
なかな(7)か良さ(43)げな墾田永年私財法
三世一身の法にはがっかりした農民も多かったようですから、墾田永年私財法には「おっ良さげだな」と思ったことでしょう。
以上、墾田永年私財法の語呂合わせでした!
言葉だけでなくなぜこうなったのか、それがどういう時代につながるのか、合わせて覚えることで前後の歴史用語も結びつき、内容も自然と覚えていけると思います。
自分の覚えやすいものを選んでしっかり覚えていきましょう!