
日本は鎖国中の江戸時代末期に、日本近海に現れる外国船に対して異国船打払令を出すなど、外国に対して非常に排他的な政策をとっていました。
しかし、清国とイギリスが戦ったアヘン戦争での清国の惨状を見た日本はその考えを改めるようになったといいます。
今回は、1940年のアヘン戦争の概要・年号の覚え方(語呂合わせ)についてご紹介します。
目次
アヘン戦争とは?
(イギリス海軍に撃沈されている清軍 出典:Wikipedia)
アヘン戦争とは、1840年(天保11年)にイギリスと清国の間で起こった戦争のことです。
イギリスの清へのアヘン密輸に対する清の対応をめぐってイギリスが反発し起こした戦争のため、アヘン戦争と呼ばれます。
1700年代末期から1800年初頭、イギリスは、清から茶や陶磁器、絹などを大量に輸入していたため、大幅な貿易赤字をだしていました。
そこで植民地であったインドで栽培したアヘンを清に密輸入することでその赤字を補填する三角貿易の形をとっていました。
大量に輸入されるアヘンによって、国民の間でアヘン吸引が急速に広がり、健康被害が起こり風紀も乱れたため、清国は何度もアヘン禁止令をだしましたが、効き目もなく、銀も大量に流出しました。
(アヘンを吸う中国人 出典:Wikipedia)
そこで清国の林則徐は、アヘンを没収したり焼却したりと強気の政策を実施しました。
この政策に反発したイギリス軍は、1840年に清国を攻め、アヘン戦争が起こりました。
結果として1842年の講和条約である南京条約では、上海など五つの港を開港し、香港を割譲するなど清国にとっては極めて痛い敗北となりました。
この清国の惨状を知った江戸幕府は異国船打払令の危険性を痛感し、それまで出していた異国船打払令を1842年に薪水給与令に改めるなど、外国船に対する政策を改めることになりました。
【アヘン(阿片)戦争の語呂合わせ】年号(1840年)の覚え方!
アヘン(阿片)戦争の語呂合わせ①
アヘンで戦争なんてイヤ(18)よ~(40)
アヘンが原因の戦争には当時のイギリス国民も「不義の戦争」として批判の声があったそうです。
アヘン(阿片)戦争の語呂合わせ②
いや(18)~、アヘンでヨレヨレ(40)になっちゃた
アヘンに限らず麻薬とは恐ろしいものですね。
アヘン(阿片)戦争の語呂合わせ③
アヘンで市場(18)も閉まる(40)惨状だ
当時、清ではアヘンの吸引によって退廃的な雰囲気が漂い、仕事にならない人が続出したとのことです。
アヘン(阿片)戦争の語呂合わせ④
イギリス一派(18)のアヘン戦争にはシワ(40)をよせる
各国、イギリスが起こしたアヘン戦争を良くは見ていなかったでしょう。
アヘン(阿片)戦争の語呂合わせ⑤
イヤ(18)なアヘンに塩(40)をまこう!
実際、林則徐はアヘンを無毒化させるために、アヘンを海水につけ、そこに塩と石灰を投入したといいます。
以上、アヘン(阿片)戦争の語呂合わせでした!