1775年のアメリカ独立戦争、翌76年の独立戦争を経て建国したアメリカ合衆国。
しかし建国からおよそ85年後、アメリカ史上最大の犠牲者を出した戦争が勃発します。
今回は「南北戦争の概要・年号の覚え方(語呂合わせ)」を紹介します。
目次
南北戦争とは?
(南北戦争 出典:Wikipedia)
南北戦争とは、1861年から1865年にかけてアメリカ合衆国内部が南北に分かれて戦った戦争(内戦)のことです。
アメリカでは南北戦争のことをTheCivilWarと呼んでいます。
北部は「アメリカ合衆国」、南部はアメリカ合衆国から脱退して「アメリカ連合国」と称していました。
戦争の原因は北部と南部の産業構造・経済・貿易・政治・黒人奴隷制などが複雑に絡み合った対立です。
北部は商工業主体、南部は農業主体でしたがどちらでも必要とされたのが労働力としての黒人奴隷でした。
この頃北部では奴隷制に批判的な風潮が広がっていましたが、南部では北部に対抗した「逃亡奴隷制」が成立するなど両者の対立は深まるばかりでした。
◆リンカン大統領の誕生
1860年共和党のリンカンが奴隷制反対を掲げてアメリカ大統領選挙に当選すると南部は強く反発し連邦から脱退します。
そして1861年リンカンがアメリカ合衆国第16代大統領に就任、同時に南部は「アメリカ連合国」を成立させました。
こうして北部対南部、つまりアメリカ合衆国対アメリカ連合国の対立は決定的なものとなりついに戦争へと突入してしまいました。
◆南北戦争の推移
南北戦争は1861年から1865年までの4年間続きました。
この間に大きな戦闘がおよそ50回、小さな戦闘は数えきれないほど起きたとされています。
中でも最大の激戦だったのが1863年の「ゲティスバーグの戦い」です。
南北戦争は最新兵器を用いて戦った初の近代戦争ともされていますがゲティスバーグの戦いは南北戦争中で最も激しい砲撃戦となりました。
ゲティスバーグの戦いは北軍のグラント将軍と南軍のリー将軍の戦いでもあり今までに何度もドラマ化や映画化がされています。
この戦いによる戦没者のための国有墓地(ナショナル・
◆南北戦争の転機
南北戦争開戦時、リンカン大統領の最大の目的は「連邦(合衆国)の維持」でした。
しかし綿花の貿易などで交流があったイギリスやフランスは南部寄りだとされていました。
このことに懸念を感じていたリンカン大統領は1863年に「奴隷解放宣言」を発表します。
奴隷解放宣言はイギリスやフランスを含む内外の世論から高く支持され戦争の風向きが変わったとされています。
◆南北戦争の終結
1865年アメリカ連合国の首都であるリッチモンドが陥落、南北戦争はアメリカ史上一番の犠牲者を出しつつようやく終結しました。
*南北戦争の犠牲者数はおよそ62万人、第一次世界大戦がおよそ11万人、第二次世界大戦がおよそ32万人ですからいかに多くの犠牲者が出た戦争だったかがわかります。
【南北戦争の語呂合わせ】年号(1861年)の覚え方!
南北戦争の語呂合わせ①
いや(18)浪費(62)したなぁ南北戦争
南北戦争ではガトリング砲など数々の最新兵器が使用されました。
南北戦争の語呂合わせ②
いや(18)無意(61)味だったか?南北戦争
南北戦争時の1863年に発表された奴隷解放宣言、1865年には憲法にも明記されました。ただ残念ながらアメリカにはいまだに人種問題が根強くありますね。
南北戦争の語呂合わせ③
いや(18)無為(61)無策では勝てなかった南北戦争
国内だけではなく世界中の世論を冷静に読んで奴隷解放宣言を出したリンカンの政治手腕が北軍を勝利に導いたともいえます。
南北戦争の語呂合わせ④
いや(18)向い(61)てなかった南北戦争
南北戦争の戦没者数およそ62万人、あまりにも重い数字です。
南北戦争の語呂合わせ⑤
アメリカの人(1)、ハロー(86)とい(1)いながら南北戦争
いくら陽気なアメリカの人だってまさかね・・・。
以上、南北戦争の語呂合わせでした!