乙巳の変(645年)や壬申の乱(672年)という大きな内乱がおこった日本は、争いがなく安定的で、他国からも侵略されない強い国をつくる必要がありました。

 

そして、天皇を長とした中央集権体制をつくる一環として、日本国をまとめるための法整備を行います。これが大宝律令制定につながります。

 

今回はそんな大宝律令の覚え方についてご紹介します。

 

まずその前に大宝律令とはどんなものだったのか、おさらいしましょう!

 

大宝律令とは?

 

大宝律令(たいほうりつりょう)とは、701年にできた現代の刑法にあたる「律」6巻と、民法および行政法にあたる「令」11巻のあわせて17巻で成り立っている国家基本法です。

 

「律」は唐の律令をならい、「令」は日本の実情にあわせてつくられています。

 

701年に大宝律令が完成するまで、以下のような歩みでした。

 

改新の詔

681年  天武天皇が律令制定の詔(天皇の命)を出す

 

689年  飛鳥浄御原令(あすかきよみがはらりょう)を施行

 

701年  大宝律令が完成

 

壬申の乱(672年)に勝利した天武天皇は、争いのない安定した国をつくるために、律令(法律)の制定を命じました。

 

 

天武天皇の死後も次の持統天皇に引き継がれて、飛鳥浄御原令がつくられます。

 

 

(持統天皇 出典:Wikipedia

 

 

飛鳥浄御原令は、唐の律令を手本としてつくられ、「律(刑法)」はなく「令(民法および行政法」のみでした。唐にならっているため、飛鳥浄御原令はあまり日本の実情にあっていませんでした。

 

そして、より日本にあった法律をつくろうと、刑部親王(おさかべのみこ、天武天皇の息子)と藤原不比等(ふじわらのふひと、中臣(のちに藤原)鎌足の息子)が中心となり大宝律令が編纂されます。

 

そして持統天皇の孫である次代の文武天皇のとき、大宝律令が完成しました。

 

 

(文武天皇 出典:Wikipedia

 

 

その後も、大宝律令は日本の実情によりあうように修正され、約50年後に養老律令(757年)につながります。

 

【大宝律令の語呂合わせ】年号(701年)の覚え方

大宝律令の語呂合わせ①

なおいい(701)国に、大宝律令

 

法律制度もととのって、これからなおいい国になるでしょう

 

大宝律令の語呂合わせ②

成れ(70)いい(1)国に、大宝律令で

 

大宝律令制定で、日本がいい国になりますように

 

大宝律令の語呂合わせ③

なお(70)いっ(1)そう、中央集権めざして大宝律令

 

大宝律令という法律ができて、なおいっそう中央集権体制の確立がすすみますねというのを表します。

 

大宝律令の語呂合わせ④

ム(6)あまり役(89)にたたない飛鳥浄御原令、なおいい(701)法に大宝律令

 

あまり日本の実情にあっていなかった飛鳥浄御原令をなおして、よりよい法律ができましたという意味です。

 

大宝律令の語呂合わせ⑤

なお(70)一(1)層いいものつくろう大宝律令

 

完成した大宝律令をさらによくして次の養老律令ができあがっていきます。

 

大宝律令の語呂合わせ⑥

名を(70)広(1)めた大宝律令

 

大宝律令の語呂合わせ⑦

ナウい(701)大宝律令

 

大宝律令の語呂合わせ⑧

なまる(70)人(1)にも大宝律令

 

 

以上、大宝律令の語呂合わせでした!

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