【平城京遷都の覚え方】年号(710年)の語呂合わせを紹介!【おすすめ5選】

 

6世紀前後は「藤原京・平城京・長岡京・平安京」と遷都が続き、年号と都が混同しやすい部分でもあります。

 

同時に試験の出題率も高く、日本史中期の核を担う部分でもあります。 

 

今回は、「平城京遷都」について前後の歴史、遷都に至る経緯を踏まえ、しっかりと年号を暗記しましょう!

 

平城京遷都とは?

(再建された大極殿 出典:Wikipedia

 

 

「平城京」は、「藤原京」から710年に遷都した現在の奈良県奈良市、および大和郡山市周辺に建設されたの都です。

 

段階的に整備や建造が進み、完成した平城京は、規模にして24km四方に及ぶ都になりました。元明天皇の時代に遷都し、その後、74年間もの間、首都としての役割を担ってきました。

 

ひとつ前の「藤原京」と同じく、唐の長安がモデルとされ条坊制(じょうぼうせい)という、碁盤の目状に大路を配するという都市建設方法が取られました。

 

「藤原京」から「平城京」への遷都の理由は大きくふたつの説が有力とされています。

 

ひとつめは水の問題。川が遠く水を入手するのが困難であり、また高低差のある土地だったため宮のある中央に汚水が溜まりやすかったと言われています。

 

ふたつめは旧有力豪族たちが多い飛鳥と近く、実験を握ろうとする藤原不比等にとって不都合だったためと言われています。

 

694年からわずか16年で遷都となる「藤原京」も流れのひとつとして覚えておくとよいでしょう。

 

藤原京では、天皇が暮らす宮は京の中心に置かれていましたが、平城京では北方に置かれています。そして、正方形に近い形だった藤原京に対してで平城京は、東西に広がる長方形の京だったと言われています。

 

北方の平城宮から南端へと朱雀大路が伸び、入り口には羅城門が建造されました。藤原京の頃にはなかった羅城や塀によって京は囲われ、より治安を考慮された都となりました。

 

【平城京遷都の覚え方】年号(710年)の語呂合わせ

平城京遷都の語呂合わせ①

なんと(710)立派な平城京

 

もっともポピュラーな覚え方のひとつです。

 

平城京遷都の語呂合わせ②

長(7)い死闘(10)の末に平城京

 

平城京の建設は非常に過酷なもので、人々に強制労働を強いるものでした。わずかな食料と休みのない労働はまさに生死をかけた日々でした。

 

平城京遷都の語呂合わせ③

質(7)入れ(10)農民強制労働

 

当時の労働者の徴収の命令には補欠まで準備しなければならなかったそうです。なので逃亡しても補欠が代わりに労働させられるため、人質のような命令でもありました。[シチイレ(710)農民強制労働]

 

平城京遷都の語呂合わせ④

な(7)んて異例(10)の平城遷都。

 

藤原京からわずか16年での遷都は異例の出来事のように当時の人は驚いたことでしょう。実際には初めての遷都なので全く前例はありませんが。

 

平城京遷都の語呂合わせ⑤

内縁(710)結ぶ藤原不比等

 

ナイ(71)エン(0)結ぶ藤原不比等。

藤原京から平城京の遷都に大きく関わっている藤原不比等は皇族と血縁関係を結ぶことで摂関政治を行っていました。重要人物として一緒に覚えましょう。

 

 

以上、平城京遷都の語呂合わせでした!

 

言葉だけでなく流れや遷都の理由と合わせて覚えることで前後の歴史用語も結びつき、内容も自然と覚えていけると思います。

 

自分の覚えやすいものを選んでしっかり覚えていきましょう!

 

 

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