鎌倉幕府には幕府の滅亡までに9代にわたる将軍がいました。

 

しかし、将軍とは名ばかりで実権は執権・北条氏にある時期がほとんどでした。

 

今回は「鎌倉幕府の将軍の概要・覚え方(語呂合わせ)」についてご紹介します。 

 

鎌倉幕府の将軍について

(源頼朝 出典:Wikipedia)

 

 

鎌倉幕府は、1192年に源頼朝が征夷大将軍に任命されたことから始まりました。

(最近では壇ノ浦の戦いに勝利した1185年が幕府の始まりとする説が有力です)

 

その後、1333年に幕府が滅亡するまでのおよそ140年あまりの間には9代の将軍がいますが、初代の将軍・源頼朝を除いては北条氏の影響下にあった将軍ばかりでした。

 

鎌倉幕府の将軍

鎌倉幕府の将軍を問われたときに重要なのは1~3代までの源氏将軍です。それでは歴代の将軍を見ていきましょう。

※()内は在位年です。

 

<源氏将軍>

①源頼朝(1192~1199)

初代将軍 妻は北条政子(後に初代執権となる北条時政の娘)

 

②源頼家(1202~1203)

2代将軍 頼朝の長子 わずか在位1年で祖父・北条時政により伊豆の修善寺に幽閉された後に殺害される

 

③源実朝(1203~1219)

3代将軍 頼朝の次子 北条時政が執権となる 鶴岡八幡宮にて頼家の子・公暁に暗殺される 歌集「金槐和歌集」を編んだ

<摂家将軍>

④藤原頼経(1226~1244)

源頼朝の姉のひ孫 9歳で将軍につく 北条経時により追放

 

⑤藤原頼嗣(1244~1252)

藤原頼経の子 6歳で将軍につく 北条時頼により追放

<皇族将軍>

⑥宗尊親王(1252~1266)

皇族初の将軍 11歳で将軍につく 北条時宗により追放

 

⑦維康親王(1266~1289)

3歳で将軍につく 北条時貞により追放

 

⑧久明親王(1289~1308)

14歳で将軍につく 北条時貞により追放

 

⑨守邦親王(1308~1333)

鎌倉幕府滅亡により辞任

 

④~⑨までの将軍を見てもわかるように時の執権(北条氏)により、幼少時に将軍にされ成人後には謀反の疑いなどをかけて追放をするということが繰り返されていました。

 

【鎌倉幕府の将軍の覚え方】おすすめ語呂合わせ 3選

鎌倉幕府将軍の語呂合わせ①

鎌倉のショーグンに寄り、家には朝帰った

 

→鎌倉のショーグンに寄り(頼朝)家(頼家)には朝(実朝)帰った

 

源氏将軍は頼朝・頼家・実朝の3代、わずか27年間でした。

 

鎌倉幕府将軍の語呂合わせ②

石けんよりもいいと告げる

 

→石けん(摂家将軍)より(頼経)もいいと告げる(頼嗣)

 

摂家将軍は藤原頼経・頼嗣の2代で摂家とは藤原氏北家の嫡流のこと。

 

鎌倉幕府将軍の語呂合わせ③

もう少しこう棟のこれが…庇が紫外線から守って欲しい

 

→もう少しこう(皇族将軍)棟(宗尊)のこれ(維康)が…庇(久明)が紫外線から守って(守邦)欲しい

 

皇族将軍は宗尊・維康・久明・守邦の4代の親王です。親王とは当時は皇族の男子のことでした。ちなみに語呂合わせの庇(ひさし)とは屋根のようなものです。

 

 

以上、鎌倉幕府将軍の語呂合わせでした!

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